ダーリンの街でプチ旅いかが?
定番は漢方薬、砂糖キビも
太陽がいっぱいの嘉義県大林へ
「大林 Darling 浪漫小旅行」という横断幕を見つけた。大林というのはその街の名前で、日本語的には「おおばやし」だが、「ダイリン」と音読みにしてみると、中国語読みの「ダーリン」、つまり「Darling」に近く、「浪漫小旅行」(ロマンチックなプチ旅)という PR フレーズがうまくはまる。
南へ 20 キロほど行けば、北回帰線が通過する嘉義市があるという立地だけに、大林は太陽がいっぱいだ。筆者はこれまでに 1 月と 3 月、5 月に大林を訪れているのが、3 回とも好天に恵まれている。今年5月の場合、夏至ともなればさぞやと思わせられるような暑さの歓迎を受けた。
大林の知人が定番スポットとして客を案内する場所に漢方薬の店「泰成中薬」がある。ムカデやタツノオトシゴ、セミの抜け殻、マムシ、ヤモリ、ヒキガエルといった漢方薬が陳列してあることもあり、びっくりするやら興味を惹かれるやら。漢方薬を作る体験もできる。店の人が用意してくれる漢方薬をグラム単位で計量して乳鉢に入れ、乳棒ですりつぶしてパックするという簡単なプログラムだ。店の奥には、漢方薬を作るための道具を陳列。平べったい輪を転がして薬をすりつぶす道具「薬研(やげん)」は、手の代わりに脚で輪を転がしてみれば、エクササイズにもなりそうだ。
大林では、日本統治期の 1913(大正 2)年に新高製糖嘉義工場が操業をスタートさせており、戦後の接収を経て 1996 年まで続いた。大林は製糖工場のおひざ元として栄えた糖都のひとつである。それはつまり、製糖工場を中心とした産業構造を転換しなければならないということも意味し、その選択肢のひとつに観光がある。
まずは台湾国内向けに知名度をアップさせることが課題だ。知人は「大林には外国人はほとんど来ない」と話すが、日本との交流にも意欲的だ。ひとつのカギになりそうなのが糖都としてのバックグラウンドだ。長老の中には、大林で培ったサトウキビ栽培の経験を生かし、1960 年代に沖縄の南大東島へ出稼ぎにいったことのある人もいる。南大東のサトウキビ産業を手伝いに行ったのである。
かつての製糖工場は今、バイテク関連の施設として使われているが、高さ 48 メートルの煙突は撤去されずに街のあちこちから見える。台湾と沖縄の間にある「サトウキビ」という共通項は、ローカルな原動力として再び存在感を強めることになるのだろうか。
「大林」は「Darling」。横断幕が PR する
泰成中薬で漢方薬づくりを体験
手作り感のある風情が漂う大林の路地
松田良孝(まつだ よしたか)
1969 年、さいたま市生まれ。北海道大学農学部農業経済学科卒。八重山毎日新聞記者などを経て、現在はフリー。石垣島など沖縄県と台湾の関係を中心に取材を続ける。著書の『八重山の台湾人』(南山舎、2004 年)は、2012 年に『八重山的台湾人』として中国語訳され、行人文化実験室(台北)から出版。共著に『石垣島で台湾を歩く:もうひとつの沖縄ガイド』(沖縄タイムス社、2012 年)。2014 年には小説『インターフォン』で第 40 回新沖縄文学賞受賞。