台湾鉄道平渓線は1921年7月に全線開通した。もとは台陽鉱業株式会社の石炭運搬用の軌道だったが、1929年に台湾総督府鉄道部が買収し平渓線と名付けて貨客両用線とした。しかし八十年代に入り、近郊の炭鉱が次々に閉山となるや、人口の流失が進んで、平渓線の経営は一気に行き詰まった。台湾鉄路管理局としては一時は廃線を検討したが、地元の熱心な運動もあって保存を決定したという歴史をもつ。平渓線には現在、三貂嶺・大華・十分・望古・嶺脚・平渓・菁桐という七つの駅がある。本数は少ないので、事前に時刻表をチェックして行程を組みたい。
台陽鉱業公司
台陽鉱業公司の前身は「雲泉商会」。基隆顔家の顔雲年氏と蘇源泉氏が明治三六年(1903年)に創業。大正九年(1920年)に藤田組所有の「台北炭鉱株式会社」の株式を譲り受けた顔雲年は雲泉商会と合併して「台陽鉱業株式会社」を立ち上げ、一帯の炭鉱経営に乗り出した。1948年に台陽鉱業股份有限公司と改組されたが、1971年に採鉱の歴史に終止符が打たれる。基隆顔家はかつて台湾五大豪族の一つだった。歌手一青窈の父親は基隆顔家の子孫にあたる。
アクセス
鉄道
台北駅から瑞芳駅へ。平渓線に乗り換え。
※平渓線一日切符が便利。当日は平渓線各駅で自由に上下車できる。
発売:台北・松山・瑞芳の各駅窓口
料金:大人52元・優待28元
時刻表および料金は台湾鉄路サイト:http://twtraffic.tra.gov.tw/twrail/
路線バス
休日は列車が満員となるため現在台湾好行バスが「木柵-平渓」線を運航しているのでバスと列車の組み合わせが便利。台北MRT木柵駅から片道約一時間。バスは途中豆腐料理で有名な深坑老街に立ち寄る。
三貂嶺駅
三貂嶺(サンザオリン)という名称はスペイン語のSantiagoに因む。三貂嶺駅は1922年の創業。平時乗降客はまれで台湾の著名作家劉克襄は「世界でもっとも貴重な孤独」と表現した。駅の周辺は緑の山々に囲まれ、そばを基隆河が流れる。敷地に限りがあったため、第二ホームの幅が狭く、人一人がやっと通過できるほど。近距離の普通車のみ停車する。台湾で唯一車では到達できない駅としても知られ、まさに「孤独」な「秘境」の駅である。
とはいえ三貂嶺駅は台湾鉄道東部幹線と平渓線が交差する重要な役割を担っている。三貂嶺駅で下車し、ぜひ駅舎を見学しよう。問いかければ親切な駅長と駅員が熱心に駅の解説をしてくれるだろう。運がよければタブレットを交換する風景も見られる。右に軌道に沿って前進すると、山間の集落「碩仁村」が見えてくる。鉱業最盛期には賑わったという村もいまはひっそり静まり返っている。炭鉱跡や洗炭場などがわずかに栄華を留める。
江之島電鉄と提携「一日切符」が交換できる
神奈川県の江之島電鉄と台湾鉄路局の平渓線が提携し、あわせて鉄道観光をPRすることになった。2013年5月から2014年3月31日までの期間限定で、使用済み「平渓線一日周遊券」を江之電鎌倉駅・江之島駅・藤澤駅の窓口に差し出すと無償で当日使用可能な「江之電一日切符」と交換してくれる。また逆に日本人観光客も「江之電一日切符」とパスポートを持参すると「台北駅」あるいは「瑞芳駅」で「平渓線一日周遊券」がゲットできる。
十分駅
お薦めコース:十分駅→静安吊橋→十分老街→十分瀑布
十分は素朴な街である。駅を出ると古い商店街があり小さな食堂や工芸品店が並ぶ。十分駅は島になったホームで有名だが、十分の商店街は台湾で唯一門前を列車が通る街道としてその名が知られる。列車が警笛を鳴らしながら軒先に触れんばかりに通過する様はツーリストをおどろかせるが、当地の人たちには日常の情景である。商店街の「周萬珍餅店」は台湾伝統の菓子を食べさせる老舗。樹齢百年というガジュマルの樹の下にあるのはビーフンスープで有名な「榕樹下米粉湯」。多人数の会食ならば「十分客桟」がお薦めだ。
商店街そばの「静安吊橋」は平渓区最長の吊橋で、十分里と南山里を結ぶ。もとは石炭用だったが、閉山後は人とバイクが走るようになった。全長128メートル、建材に使われているのはヒノキで、現在も保存良好。橋上からは基隆河の流れと小さな町の風光が楽しめる。黄昏時がとくに美しく人気の撮影スポットになる。十分駅から徒歩約半時間で「十分瀑布」に達する。落差20メートル、幅40メートル。「台湾のナイアガラ」と称する台湾最大の幅を誇る滝である。
台湾炭鉱博物館
台湾炭鉱博物館の前身は「新平渓炭鉱公司」。閉山とともに鉱業史料を陳列した小型の博物館に生まれ変わった。館内には台湾早期の炭鉱業にかかわる文物・史料および器具が展示されている。事務室・坑道口・浴場といった施設も昔のままに保存され、参観可能。時間があれば当時の工夫や洗炭工の服装に着替えて記念写真をとることができる。さらに往時使用されていたトロッコにも乗車できる。軌道の幅はわずか50センチ。「一つ目小僧」と呼ばれる機関車が台車を引っ張ってゆらゆらと走る様は異彩を放つ。はるばるこれに乗るために訪れるファンも少なくないとか。
P.S.取材時、一つ目小僧は補修中で現在は中国大陸から輸入された台車が走る。
Add:新北市平渓区新寮里(十分寮)頂寮子5号
Tel:(02)2495-8680
Open:火曜から日曜まで09:00-17:00(チケット購入は16:00まで)
Ticket:200元(園内参観・トロッコ乗車)
天燈DIYと放天燈体験
十分(シーフエン)は「天燈」の故里として知られる。「天燈」とはいわば空飛ぶ提灯である。清代、十分地区の治安は悪く、ときに外部の勢力に襲撃され、山中に村民が避難することもあったという。そうしたときの合図・信号に使われたのが「天燈」である。現在旧暦正月十五日の元宵節に十分の人たちは「天燈」を空に放つ儀式をおこなって村の平安を祝すようになった。いまや「放天燈」は平渓の民俗行事にとどまらず、北部台湾のもっとも重要な文化イベントとして注目され、当夜は大勢のツーリストで街は沸騰する。手作りの天燈も次第にカラフルになり、バレンタインデーにあげるハート形の「天燈」まで登場するようになった。十分駅周辺ではオリジナルの天燈作りに挑戦できるDIYコースがもうけられている。
天燈師:王瑞瑜
Add:新北市平渓区十分村十分街53号
Tel:(02)2495-9041
天燈費用:単色100元、彩色150元
DIY体験費用:200元(約30分で完成)
平渓
お薦めコース:平渓駅→平渓老街→三坑渓鉄軌橋→観音巌→八仙洞→報鐘亭
平渓駅を出ると平渓(ピンシー)の古い街並みに出る。軌道の両側や斜面に沿って町屋が長く伸びている。林立する商店の多くは半世紀以上の歴史をもち、雑貨屋・飲食店・果物屋と、いずれもノスタルジックな風情に満ちている。懐かしい玩具を見つけて思わず立ち止まるツーリストも少なくない。五十年の歴史を誇る「紅亀麺店」、苦瓜排骨湯・米苔目・滷大腸が人気の「福昌飲食店」など行列のできる店もある。また中華路上の三坑渓鉄橋の下からは列車が鉄橋を通過する様子が観察できる。
三坑渓鉄橋を超えると「観音巌」に至る。周囲を山に囲まれ、遠くに平渓の集落を一望できる。そばには大戦時の防空壕が五か所も残る。往時炭鉱は空襲の対象として狙われたのである。その際に活躍した防空警報が、山頂の「報鐘亭」である。この鐘が鳴ると住民は大急ぎで壕に避難した。現在壕の入り口には石作りの椅子とテーブルがおかれていて、旅人の休息所になっている。
「撮り鉄」スポット
観音巌から眼下にレンズを向けると列車が三坑渓鉄橋を走る景観が俯瞰できる。
鉄橋を下から撮るなら三坑渓鉄橋と並行して走る平渓橋から、あるいは鉄橋下の中華路からレンズを天に向けて捕捉したい。鉄橋通過の時間は一瞬でシャッターチャンスは二回ほどしかない。
新建成百貨行
平渓の商店街にたつ新建成百貨行は1953年の開業。鉱業最盛期には、この小さな街の中に七軒もデパートがあったという。そのなかで新建成百貨は唯一いまも営業を続けている。台北では見かけなくなった懐かしい雑貨・化粧品などが今も陳列ケースら並ぶ。
Add:新北市平渓区平渓街22号
Tel:(02)2495-1031
美雲布芸工作室
美雲布芸工作室の前身は鴻昌布荘(反物屋)。鉱業最盛期、平渓には生地を扱う店が九軒もあった。また鴻昌布荘一軒に十二名の裁縫師が務めていたというから往時の好況がうかがえる。現在美雲布芸工作室は台湾伝統の「花布(赤い花柄の生地)」を使ったさまざまな商品を開発している。
Add:新北市平渓区平渓里平渓街40号
Tel:(02)2495-1255
Open:8:00-20:00
菁桐駅
お薦めコース:菁桐駅→炭鉱記念公園→菁桐鉄道故事館→菁桐老街→菁桐鉱業生活館
鉄道・炭鉱・天燈が菁桐の三大名物。有数の鉱山を擁した菁桐には各所に採炭の痕跡をとどめる。菁桐駅そのものが台湾最大の石炭出荷駅だった。現在台湾百大歴史スポットに選定されているように、台湾でわずか四か所の木造駅舎を残す。八十年の星霜を経てきた建築は和風の外観をもち、苔むした屋根、鉄道の機具や古いホームがノスタルジーを醸し出す。駅後方には「炭鉱記念公園」があり、平渓最大の炭鉱跡として一見の価値がある。
駅前の「菁桐鉄道故事館」では木製の絵葉書を販売している。門口の赤いポストから投函すると旅の思い出になろう。軌道に沿って走る街道の敷石が菁桐の町の年表になっているので、伝統の小吃を巡りながら、歴史の散歩を楽しみたい。
鉱山の暮らしを偲ぶなら「菁桐鉱業生活館」がお薦め。当地の歴史と人々の人情に触れることができる。建物はかつての鉄道官舎で、一階には天燈・炭鉱・鉄道・滝などにまつわる文物や写真が展示され、二階には実際の採炭現場が再現されている。
楊家鶏捲
「鶏捲」といっても鶏肉は使われていない。「多捲」と書くのが正確だが、福建語の「ゲイ」の発音が、「多」と「鶏」に共通することから流用されるようになったといわれている。困難な生活のなかで、いろいろな残り物をまとめて巻き上げ、油であげた一種のアイデア料理である。楊家鶏捲は手作りの製法を堅持し、油で揚げた豆皮(湯葉)のなかにはサトイモ・玉ねぎ・ニンジン・ミンチによる餡が巻かれている。肉羹清湯といっしょに注文したい。
台陽鉱業公司平渓招待所
台陽平渓招待所は平渓区菁桐里にあって、台陽鉱業株式会社(台陽鉱業公司前身)が昭和一四年(1939年)に建てた別荘。「石底倶楽部」とも呼ばれた。大正時代に当時の皇太子(のちの昭和天皇)が台湾を訪問する計画があり、田中鉱業株式会社が金瓜石ご滞在を想定して、1922年に「太子賓館」を建造した。「書院造」の住宅建築は和洋折衷の風格をもち、敷地は六百坪。阿里山のヒノキや台湾杉を建材に使用し、著名な四名の「匠」に設計・建造をまかせた、当時台湾では屈指の邸宅だった。細部の装飾も華麗で質感がこまやか。当時建設に参与した大工は百名を超えたという。
台陽鉱業公司平渓招待所の「八帖貴賓室」・「六帖貴賓室」はそれぞれ桜・紫檀を床柱にすえた優美なもの。日本から取り寄せた骨董的な家具、畳の薫り、庭園の池などが独特の風情を醸している。
Add:新北市平渓区菁桐街167号
Tel:(02)2495-1822
Open:10:00-17:00 (月曜は無料参観、但し人数制限あり)
Ticket:150元(茶と菓子がつく)
和風宿舍群
台陽鉱業公司の平渓招待所後方には一群の和風宿舍がある。1925年から1940年にかけて台陽公司が建造した職員宿舍で、現在は民間の飲食店や民宿に利用されている。そのノスタルジックな雰囲気が愛でられ、ドラマやコマーシャルのロケ隊がよく訪れる。